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《子供とゲームの課金要素について》





日々進化しているゲーム


現在、ゲームというものはその形を大きく変化させています。

テクノロジーの発展により映像は美しいCGとなり、
VR機器によってその美しいCGの世界に没入することも出来ます。
その一方で元来ゲーム機の制約であったドット絵が現在においても高い人気を博しており、
オセロや将棋、トランプやすごろくといった
昔ならではのアナログゲームを発展させたボードゲームも、
作る側が増えて新しいゲームが日々創り出され人々を夢中にさせています。

そしてそれらを融合させた〈トレーディングカードアーケードゲーム〉というものがあります。
古くはメンコ、
または1970年代に流行った「ビックリマンシール」といったカードの特性に加え、
カード内に組み込まれたバーコードを読み取ることで、
アーケードの筐体と連動してCG映像を作り出すゲームです。

昨今流行っているスマホアプリによるゲームやネット上でプレイできるゲームも
このカードゲームの性質を元にして作られたものが多くあります。
そしてこれらはカードの収集を遊び方の一つのとしたゲームです。

ゲームセンターや大型スーパーのゲームコーナーに設置されているアーケードでは
1プレイ100円。
スマホアプリによるゲームではプレイ自体は無料です。
しかし、同じゲームをしているプレイヤー達に勝ち抜くため、
また収集したカードで優越感を得るためには、
時に多くの時間とお金を費やさなければならないことがあります。

ゲームは人が作り上げたものであり、そこに料金が発生するのは至極当然のことです。
ですが、人間の収集癖と射幸心を過剰に煽り、
そこにお金を注ぎ込みたくなる課金要素のあるゲームが存在することも確かです。


親であるならばゲームに対する認識を持つべき


暴力的な描写や性的な描写などのあるゲームは
日本国内においてCEROという段階に応じての年齢区分を設けています。
これはあくまで年齢区分であり「年齢制限」ではありません。
「有害図書指定(または不健全図書)」となれば各地方自治体によって規制がなされますが、
有害図書指定を受けた印でもあるCERO-Z以外の年齢区分に関しては規制はありません。

また、CEROの区分基準はゲーム内の描写に重きを置き、
例えCERO-Aである全年齢対象と定めたゲームであっても、
ゲームシステムがギャンブル要素の強いものであるものも存在します。
決して「CEROの年齢区分に沿っているから安心」と安易に考えてはいけないのです。

度々、親のクレジットカードを盗んだ子供がスマホゲームの課金で
何十万と使い込むという事件が起こります。
これは家庭内であってもクレジットカードを安易に保管してしまっているという、
親の金銭管理能力の欠如も非難されるべきであると思っておりますが、
今回私が問題にしたいのは、
スマホ等を持たない
低年齢の子供達に人気のあるトレーディングカードアーケードゲームの方です。

トレーディングカードアーケードゲームは実際のカードが出てきます。
当たり前ですが、これはスマホゲームにはないものです。
スマホゲームで得たカードやアイテムは他人に譲る事が難しく、
ましてや実際のお金に換金することはできません。

しかし、実際のカードが出てくるトレーディングカードアーケードゲームは違います。
中古ショップに行けばプレイヤーによって売られたカードがズラリと並んでいます。
他者より有利となるカードまたは魅力的なキャラクターのカードは手に入れることが難しく、
時に高額の値段が付くことがあります。

多くの子供達が一度は通るカードゲームの魅力。
そして子供達が何気なく持っているカードは
実際のお金に換金可能な資産であることを認識している親はどれほどいるのでしょうか?
「貸したつもりだった」「貰ったものだ」という
オモチャによる子供同士のトラブルは付きものであり、
「約束を破ったから子供のオモチャを没収する」というのは昔からよくある親の行動です。
カードに限らず、たかが子供のオモチャだからと言って
親がその資産認識を誤るのは愚かなことです。

とはいえ、ほとんどのカードの取引相場は10円程度。
プレイを有利にするカードは300円〜3,000円前後。
中には1万円以上の値が付くものもありますが、
そんな大人が作った相場と照らし合わせながら遊んでいる子供なんていません。
カードゲームの魅力は友達との交換も含まれており、
子供同士のカードの取引きは勉強では得難い経験でもあります。
もし中古ショップで目当てのカードが売られているのであれば、
よほど高額なカードでもない限り、
1プレイにかけるお金と時間、
そして目当てのカードが出てくる確率を考えれば安いものと言えるでしょう。


我が家の課金ルール


私たち夫婦は
つっつ君が将来的にトレーディングカードアーケードゲームに興味を持つことを前提に、
ゲームの課金要素の是非について昔から頭を悩ませていました。
特におかあさんはゲーマーであり蒐集家でもあったので、
収集の底深さを知っていたこともあり、
このルール作りは議論に議論を重ねたものでした。

結論として、我が家では『ゲームは楽しむためのもの』を原則とし、
勝ちや自慢にこだわるための課金はNGとしながらも、
楽しくゲームするためのある程度の課金は、
『楽しむに至るまでの時間を節約するために積極的なOK』としました。

一人の親として、子供には
「負けた分を取り返すために次は倍の賭け金で勝負する」とか、
「他人と差をつけるために高価のものを着飾って自慢する」といった人間には
なって欲しくはありません。
しかし、それと同時に
「どうせ弱いから自分は諦める」という人間にもなって欲しくはないのです。

将来的に高額課金への抵抗が薄くなってしまう危険性を認識しながらも、
ゲームそのものが進化し続けている以上、
親はゲームを見極め続けなければならず、
決して油断してはならないルールとして自分自身に対して定めたのかも知れません。

そしてとうとう先日、
つっつ君は中古ショップで自分の気に入ったカードを手に入れました。
しかし、手に入れたカードを大事に大事に握りつつも
「カードはやっぱり買うよりもプレイして出てきたカードの方がいい」とも言ったのです。

正直言ってこの我が家の課金ルールがつっつ君にとって最適解であったのかは分かりません。
結局、子供の感性を無視して作った区分やルールは、
子供にとって意味を成さないということなのかも知れません。


《モンテッソーリ教育について》





日本におけるモンテッソーリ教育


このまなびブログを読んでいただいている方にはご存知なことと思いますが、
つっつ君の幼児期を形成した
Minecraftを中心としたゲーム・YouTubeなどのネット文化を利用した教育方法は
やりたいことをやらせてあげるという、
確固とした教育理念がおとうさんとおかあさんにあったからです。

「やりたいことをやらせてあげる」という言葉で、
教育熱心な親御さんなら既に気づいているかもしれませんが、
つっつ君に施している教育は「モンテッソーリ教育」です。

2017年に日本中が沸き上がった若き天才棋士が受けた幼児教育が
モンテッソーリ教育だったということで、
その時に初めて耳にした方もいるかと思いますが、
モンテッソーリ教育の歴史は長く、
1906年に女性医師マリア・モンテッソーリがローマで保育施設を開設したことから始まり、
その後、欧米を中心に高い支持を得ている歴史ある幼児教育法なのです。

残念なことに日本では戦争の始まりそして戦後の第一次ベビーブームにより、
先生と生徒のマンツーマンが理想であるモンテッソーリ教育が日本で普及することはなく、
日本でモンテッソーリ協会が発足したのは1968年とだいぶ遅れを取っています。
発足後も第二次ベビーブームにより、
集団行動を基本とする日本の教育とは正反対であったため、
少子化となった今になってやっとモンテッソーリ教育が広く認知されるようになりました。

さらにもっとも残念なことは、
歴史に名を馳せる著名人がモンテッソーリ教育を受けていたということで、
日本におけるモンテッソーリ教育は
小学校受験や能力向上のために看板を掲げられていることです。

私たち夫婦はモンテッソーリ教育はもちろん、
それに近い理念を持った保育園・幼稚園を有名・無名問わず、
時間の許す限り多くの園を見学しましたが、納得するものはありませんでした。
日本モンテッソーリ協会では認定の教員資格免状を発行しておりますが、
世間ではモンテッソーリという名前だけが独り歩きをし、
ひどいところでは、
受験用のオプション保育でマンツーマンで受け持つ特別講師が免状を持っているだけで
他の幼児は特にモンテッソーリ教育でないのにも関わらず
モンテッソーリの看板を掲げているなんてところもありました。

そもそも日本では保育士になるためには国家資格を取らなければならず、
絵画・工作・音楽・ダンス・料理といった専門家が幼児教育の現場に常駐することが
難しい状況にあり、
「モンテッソーリ教育で使用する独特な玩具をただ取り揃えただけの集団教育でしかない」
というのが私たち夫婦の感想です。

本来のモンテッソーリ教育は、子どもたちに五感による様々な刺激を与える環境の場を整え、
子どもがやりたいことを見つけた時には、
その奥深さを知ることのお手伝いを先生がしてあげることです。
言葉にすれば簡単なことですが、
人手の足りない日本の幼児教育の現場にとってそれは困難なことなのです。

つっつ君と女の子


ある日、幼いつっつ君とデパートへ行った時、
そこに海外から来たであろうお父さんと小さな女の子がプレイコーナーで遊んでいました。
デパート内の小さなプレイコーナーのため遊具は少なかったのですが、
子どもはつっつ君とその女の子しかおらず、つっつ君は「遊ぼう」と言いました。
しかし、遊具を持った女の子から返ってきた言葉は「ダメ!」だったのです。

私はその時のお父さんの悲壮な顔を忘れられません。
拙い英語と日本語混じりで会話を交わしましたが、
そのお父さん曰く、
「日本に来る前はダメなんて言う子じゃなかった」
「〇〇しちゃダメと、自分のしたいことを否定語で言う」と…

その家族が国際結婚だったのか、一時的な赴任かまでは聞くことはできませんでしたが、
一時的なものであれば
インターナショナルスクールに今すぐ変えたほうが良いと伝えたかったぐらい、
日本の幼児教育の現状を知っている私にとってはとても哀しい出来事でした。

インターナショナルスクールは国際結婚や日本駐在員の子どもを対象にしており、
英語で先生とのコミュニケーションが取れることが前提であるため、
我が家では入ることは叶いませんでしたが、
その中で行われている教育は素晴らしく、
先生方の指導は児童の積極性を肯定してあげる素晴らしいものでした。

この日本にいる限り、先生は日本人であり、
その先生が受けた幼児教育が日本式の集団教育であり、
さらに否定語から入る文化で育った日本人が
いくらモンテッソーリの理念を叩き込んだところで、
子どもたちにモンテッソーリ教育を施すことなんて到底無理な話なのではないか
とさえ思ってしまいました。

モンテッソーリ教育の結果


結局、つっつ君は
私たちが本物であると納得したモンテッソーリ教育の施された園に入ることができ、
「やりたいことをやる」というエネルギーを持つ子たちの輪の中に歓迎されました。

「あの子はあれが好き、この子はこれが好き、そして僕はマイクラが好き」
それが否定されない環境は素晴らしく、
また、つっつ君がマイクラの他に、宇宙や生物について興味を持っているのも、
回りの子どもたちがそれぞれ持っている「好き」が影響しています。
お互いの好きなことを尊重して一緒になって好きになれる。
興味を広げ、知識を深めることが当たり前の世界。
それがどれだけ素晴らしい成果を見せたかは語りつくせないほどです。

そのひとつのエピソードを紹介させていただくと、
実はつっつ君は有名小学校へお受験したことがあるのです。
その時の課題が「ブロックを高く積み上げること」。
みんなが一斉に背伸びしながら、また倒れながらブロックをコツコツ積み上げている中、
つっつ君はただひたすら床に長く、自分の身長以上のブロックを連結させていました。
横と高さの概念が分からなかったのか、
それとも最後に一気に立ち上げるつもりだったのかは分かりませんが、
私たちはコロンブスの卵のようなつっつ君の発想に大変驚きました。
そして受験には失敗しても、まるで合格した以上の喜びを共有しました。
この独自の発想を貫き通す姿勢は、まさにモンテッソーリ教育ならではの賜物です。

モンテッソーリ教育は幼児期に形成しそこから発展させていくもの


モンテッソーリ教育は
子どもが興味を持ったものをとことんやらせてあげることで能力を向上させます。
しかし、もともとモンテッソーリ教育は知的障害児のために生まれた教育法であり、
有名ではあっても欧米においてもメジャーな教育方法ではないのです。
もちろん知的障害児でなくとも、
つっつ君のように好きなことに対し
並ならぬ熱意や集中力を持った子に対しては非常に有用ですが、
決して早期英才教育ではないのです。

幼児期を過ぎ小学校に通う年になれば、
時間割があり、集団で勉強することとなります。
それが出来ない生徒は特殊学級を勧められます。
幼児期に先生にとても褒められた行動が、一転して不出来な子扱いされてしまうのです。

つっつ君にとってもそれは非常に悩ましい問題でした。
しかし、幼児期にモンテッソーリ教育を施し、様々な人から応援され、
ネットでもリアルでも承認欲求を満たしたつっつ君は
心に一本の芯が通っていて、それが折れることはありません。
モンテッソーリ教育を施したからこそ、
現在のつっつ君は学校内で友達と仲良く集団で勉強し、
家に帰ったら自分の興味のあることに時間を費やすことができるのです。

もちろん現在のつっつ君は小学生ですので、
モンテッソーリ独特の色や形の様々な知育玩具は使いません。
やっていることと言えばMinecraftを中心としたゲームです。
けれど私はそれで良いと思っております。
なぜなら、モンテッソーリ教育の理念とは一過性の幼児教育ではなく、
社会に能力を還元できるその日まで続くのものであり、
つっつ君が大人になる過程の中で
今、マインクラフトで遊ぶことが必要なことだと親である私が判断しているからです。

モンテッソーリ教育を幼児期に形成したならば、
それを一生涯にわたり貫き通すことが親の役目であるとわたしは思うのです。


《ゲーム依存症という病気はない》





ゲームは依存症を引き起こすのか?


結論から言うと「ゲーム依存症」という病気は、2019年時点ではありません。

ゲームを“ルールに則り楽しむための道具”とするならば、5000年も前からあったとされています。
もちろんこのゲームはボードゲームであり、
現代の私たちが真っ先に思い浮かべるような
ゲーム機やスマホアプリによるゲームとは違います。
電気機械式によるゲームが初めて生まれたのは
1912年に発明されたチェスゲームの「エル・アへドレシスタ」とされていますが、
元がチェスであるため、
これが最初のコンピューターゲームだと言われても疑問が残るでしょう。

世界で初めてのゲームとなると人によって定義が様々で一概には言えませんが、
有名どころでいうと、
「スペースインベーダー」は1978年に生まれ、
「パックマン」は1980年、
「テトリス」は1984年、
1983年にはNintendoが家庭用ゲーム機である
「ファミリーコンピューター(通称:ファミコン)」を発売し今に至るので、
私たちがゲームと呼ぶものは少なくとも40年以上の歴史があることは確かです。

それにも関わらず、
ゲームをすることで「ゲーム依存症」という病気を引き起こすとは認定されておりません。
2018年6月になって初めてWHOが「ゲーム障害」として正式に取り扱いましたが、
病気と認定されるには採択の上*、2022年からとなります。
現在はまだ、ゲームに熱中することが病気であるかどうかの議論の最中であり、
各国で研究している段階です。

一方で、ゲームと同じような軌跡をたどった「ギャンブル」は、
古代ギリシャ時代から禁止令が出され、
古今東西さまざまな国がギャンブルに熱中する人々に頭を抱え市政を敷いてきました。
そして、1970年代には精神疾患のひとつとして
「ギャンブル障害」の研究・治療に取り組まれています。
そんな古代より危険視されていたギャンブルでさえ、
正しくは“依存症”ではなく“障害”なのです。

もし、この先、ゲームに精神疾患の危険性が認められ病名がついたとしても、
それは「ゲーム障害」であり依存症とはならないでしょう。

依存症とはなんだ?


実は、この著者である私「おとうさん」はこの執筆時点でうつ病であり、
向精神薬による投薬治療を受けています。
精神病の薬というと、やはり漠然とした
『薬なしでは生きられない体になってしまい、依存症になってしまうのではないか』という
不安があり、
依存症や薬の知識を自分自身のために調べたという経緯があります。

そこで得たのは、『精神障害と依存症は違う』ということです。

例えば「不安で夜眠れない」「学校や職場に行くのが怖い」といった症状は
日常生活に支障を及ぼす“精神障害”となります。
一方で「ニコチン依存症」や「アルコール依存症」のような“依存症”は
薬物により脳の一部の働きが変化して起こるものであり、
それがないと正常な状態ではいられなくなってしまうという、
身体にとって害を及ぼす病気なのです。
そのため、(タバコやお酒は例外として)依存性のある大麻や覚せい剤といった薬物は
多くの国で禁止されているのです。
そして依存症の治療法は急な断薬ではなく、
段階的に薬物を減らしていくことが効果的であると科学的に証明されています。

ちなみに、うつ病に使用される向精神薬も過剰に摂取することにより、
中毒となったり、死亡に至ることもあるのは事実ですが、
医療機関では少量づつでしか処方できないように対策が取られていますし、
断薬時も長期間かけて減量していく方法をとります。
症状によっては向精神薬ではなく漢方薬による投薬も効果がありますので、
うつ病かもしれないと思ってもその一歩を踏み出せない方は、
漠然とした不安を抱えるよりも
まずは精神保健指定医の医師に受診することをお勧めします。

ゲーム障害とはなんだ?


とはいえ精神障害もやっかいな病気であることには変わりはありません。

WHOによって取り扱われた「ゲーム障害」の定義を噛み砕くと、
・ゲームをする時間や頻度が多く、やめられなくなってしまうこと。
・ゲームをすることが他の生活上の活動よりも優先されてしまうこと。
・良くないと分かっているにもかかわらず、ゲームをし続けてしまうこと。
であり、社会生活において障害をもたらすほど十分に重篤な状態であることが条件です。

例え何時間もゲームに没頭していたとしても、
食事をし、学校や会社に行き、睡眠をとり、健康状態であれば
この定義には当てはまりません。

中国や韓国ではオンラインゲームが盛んであり、
何十時間、あるいは数日間にわたり寝食をせずゲームをプレイし続けた結果
死亡に至るケースが度々起こります。
これはまさに「ゲーム障害」の定義に沿っておりますが、
長時間同じ姿勢でいるために血の流れが悪くなり場合によっては死亡に至る
「エコノミークラス症候群」であるとも言えなくもありません。

そもそもゲームを勉強や仕事に置き換えた場合、
試験ために何時間も机に向かい徹夜しながら勉強をする勤勉な学生は「勉強障害」として、
何日間も連続勤務をし残業してまで仕事に取り組む熱心な社会人は「仕事障害」として、
認定されるべきであり、
ゲームだから障害が起こるという考え方は、
いくらWHOが正式に取り扱おうとも冷静になって考える必要があります。

ゲーム障害に限らず、精神医学は発展途上の段階であり、
精神障害の分類わけも、治療のための精神薬理学も、まだまだ研究の余地がある医学です。
例えそれが専門家の意見であろうと、WHOの定義であろうと、
私たちは一呼吸置いて見極める必要があります。
確かに昨今のゲームの中には課金制度があり、射幸心を煽るものも存在します。
ギャンブル障害があるように、ゲームが障害を引き起こす可能性は頭に入れつつも、
余程重篤な状態でなければ障害として認定するに至らないという事実も
知っておかなければなりません。

混同され不安を煽る「ゲーム依存」という言葉


実際、つっつ君の通う小学校でも
「スマホの依存に注意」とか「ゲーム依存の解決方法」などといった言葉を使い、
保護者に向けたお知らせや講演が行われています。

確かに「依存」という言葉はあります。
しかし「依存症」という医学用語は非常に限定された言葉であり、
ゲームに病名を付けるのであれば障害とするのが正しい使い方です。

日本では「ゲーム依存」「スマホ依存」「ネット依存」という言葉がまかり通っており、
あたかもそれらが病名であるかのごとく、
誰が作ったのかも分からないチェックシートまで用意される始末です。
しかも教育機関である学校がそれを広めているのは非常に残念なことではありますが、
そもそも私自身はただの親であり、医療従事者ではありませんので、
「ゲーム依存」という言葉を真っ向から否定できるだけの立場にありません。
学校側も医療用語として使っているわけでも論文として発表しているわけではない、
ただのお知らせ、学級新聞レベルの話しです。
問題提起としての「ゲーム依存」という言葉の使用は致し方ないことです。

けれども、ゲーム障害を薬物依存と同列に捉え、
『お酒も飲みすぎると依存症となるように、ゲームもやりすぎると依存症になる』
と言う論法はまったくもって筋違いであり、
『ゲームやスマホは依存症になる危険性があるから、取り上げるのが最善』と言う解決方法は
依存症の治療方法でもありません。
それらは何も理解していない者の言うことであり、私はそれを否定します。


[追記]
*:2019年5月にWHOは「ゲーム障害」を病気と認定しました。


《Minecraftのイベント》





つっつ君の孤独


ゲームとインターネット。この2つのメディアは、つっつ君の成長を大きく支えてくれました。
しかし、彼の成長はこの2つのメディアのみに支えられたものではありません。

YouTubeチャンネル「つっつクラフト」の活動を始めて数ヶ月。
その頃のつっつ君は情報発信を楽しみつつも心の中にどこかさびしさを抱えていました。
いつも顔を合わせるお友達の中にマインクラフトを知っている子は1人もいなかったからです。
みんなが夢中になっているのはプリキュアや仮面ライダーでした。
そんな中でつっつ君は、唯一マイクラの会話をしてくれる
YouTubeチャンネルの視聴者の存在をとても大切に思っていました。
しかし、視聴者のみなさんはつっつ君にコメントをくれることはあっても、
つっつ君のゲームの中に遊びに来てくれることも、実際に会うこともありません。

『なんで(YouTubeで実況している)他の人はみんな同じ画面の中でわいわい遊んでいるのに、
つっつはいつもひとりぼっちなんだろう……』
『誰かと一緒にマイクラで遊びたい……』
つっつ君は静かにその想いを募らせていきました。

つっつ君とイベント


2015年の2月、株式会社ドワンゴがゲームに特化したイベントとして
「闘会議」を開催しました。
その中のブースのひとつに「マイクラ実況広場」がありました。
それは観客がマイクラで建築している所を実況者が実況しようという企画でした。
つっつ君のしょんぼりした様子を見ていたおとうさんは、
つっつ君をこのイベントに連れて行くことにしました。

会場にたどり着いた時、そこに集まる多くのマイクラファンが居たことに
つっつ君はとても喜びました。
『みんな、こんなところにいたんだ! つっつはひとりじゃなかったんだ!』
他にもたくさんの魅力あるゲームのブースがありましたが、
つっつ君はずっとその場に座り、みんなのプレイしている姿を熱心に見ていました。
つっつ君は当時4歳、
子供が多かったとはいえ一際幼いつっつ君を実況者の皆さんは優しく接していただき、
なんと、つっつ君は壇上に上がって実際にマイクラをプレイすることとなりました。
『誰かと一緒にマイクラで遊びたい』
その願いが初めて満たされた瞬間でした。

この時の闘会議に限らず、
特に2015年は
マインクラフトがスマートフォンで遊べるPE版、PlayStation Vitaで遊べるPS Vita版が
子供達の間で浸透し、一大ブームとなった年でもありました。
そして数多くの企業や民間がマインクラフトのイベントを開催した年でもありました。

・2015.2/1 闘会議 マイクラ実況広場(運営:株式会社ドワンゴ/幕張メッセ)
・2015.3/21 マイクラ部全国キャラバン 東京会場(運営:ソニー株式会社/銀座SONYビル)
・2015.4/25 ニコニコ超会議 マイクラ実況広場(運営:株式会社ドワンゴ/幕張メッセ)
・2015.8/22 マイクラキッズフェス 東京会場(運営:ソニー株式会社/武蔵野大学)
・2015.11/7 Minecraftオンリー同人展示即売会(運営:M.O.D.S.準備会/大田区産業プラザPiO)

どのイベントも大きな賑わいを見せ、その圧倒的な人気に私自身も衝撃を受けました。
そして、これらのイベントへの参加がつっつ君に大きな変化をもたらしました。
ひとつは、孤独の影が抜けて
マインクラフトが好きである自分に大きな自信と誇りを持つようになったこと。
もうひとつは、画面の向こうに生きた人が居るということを
強く意識するようになったことでした。

つっつ君はイベントを通して、
幅広い年代のバラエティ豊かな人々と交流を持つようになりました。
人と関わる喜びを得たつっつ君はそこから社交性を育んだと感じています。

つっつ君とオフ会


黙々とひとり遊びをすることが多かったつっつ君は時代の流れもあり、
多くのイベントでゲームを通した様々な体験をし、
その度にたくさんのコミュニケーションを交わす事で成長していきました。

現在、マインクラフトはアクティブなプレイヤー数が非常に多く、
世界中で盛り上がりを見せています。
それはただ共通の話題で話せる人が多いというだけではありません。
盛り上がっているということは
すなわちイベントもそれに応じて数多く行われているということでもあり、
自分の活動成果を配信すれば多くの反応が得られやすいということでもあります。
またマインクラフトは、実況やMOD制作をはじめとして、
メーカーとユーザーがいっしょになって
一連のカルチャーを作り上げているところも特徴的です。

つっつ君はマインクラフトのイベントに向かう時、
自分で作った名刺を何枚か持って、とても誇らしげに出かけて行きます。
決して親である私がつっつクラフトを宣伝し、
つっつ君を売り込もうとしているわけではありません。
先に述べた実況者の方が
1人のマインクラフターとして対等に名刺を渡してくれたことをきっかけに、
大人社会の付き合い方というものをつっつ君が肌で感じたからです。
そこには『僕もまたマインクラフトのカルチャーを作る1人なんだ』という
誇りが込められています。
ただ情報を享受するだけの子供ではなく、
自分が1人の人間としてイベントに参加しているという実感は、
つっつ君の社会性に大きな変化を与えました。

最近のつっつ君は、マインクラフトと教育に関するカンファレンスでの講演に登壇するなど、
たくさんの人に自分の活動を聞いてもらうことに意欲的に挑戦する様子を見せています。
それは自分が社会に認められているという「自信」、
そして自分自身のやってきたことに対しての「誇り」の現れなのだと思います。

多くの小学校・中学校では「インターネット上で知り合った人と会ってはいけない」と、
インターネットの危険性としてそれを説いています。
実際、残念な事件もあり、
インターネット上で知り合った人と会う「オフ会」という行為も歴史が浅く、
インターネットに触れずに育った大人たちはそれを危険なものとして感じることでしょう。
未成年が親の知らぬところでオフ会に参加することは
私としても危険なことだと思っておりますし、
つっつ君に関しては
当然ですがイベントやオフ会には必ずおとうさんと一緒に参加することにしています。
オフ会の中には私のような家庭持ちの人もいれば、子供が嫌いな人もいます。
けれどオフ会とは同好の士と語り合いを楽しむ場。
2歳の頃からマインクラフトを始めているつっつ君はマイクラ歴も長くベテランです。
凄いものを作る人には素直に尊敬し、同じ話題で楽しくおしゃべりをします。
ものごとを否定し、知識もなく、誰にもしゃべりかけずに楽しまない人は
大人だって嫌われます。
そこに大人も子供も関係ありません。

つっつ君はマインクラフトを通して広く社会とコミュニケーションを取ることで、
家庭の枠を越えた大きな成長を遂げました。


《親子のコミュニケーションツールとしてのMinecraft》





コミュニケーションツールとしての魅力に気付く


おとうさんがマインクラフトを知ったのは2012年、つっつ君がまだ1歳の頃のことです。
友人から「おもしろいゲームがある」と
Xbox版のマインクラフトを触らせてもらったことがきっかけでした。
おとうさんは無限の空間に無数のブロックを置いて遊ぶことが出来る
自由なブロック遊びの世界に惹かれ、
いつか子供が大きくなったら父子で一緒に遊びたいと思っていました。

しかし、意外と早くにそれは実現することとなります。
もうすでにその頃にはスマートフォンで遊べる
“マインクラフト ポケットエディション(通称:PE版)”が発売されていたので、
さっそくダウンロードしてはコツコツと秘密の地下帝国を作っていました。

そんな楽しそうなおとうさんの姿を見ていたつっつ君は
マインクラフトに興味を持ち、自分でもやりたいとせがむようになりました。
当時、iPadでYoutubeの幼児番組や幼児用のアプリで遊んでいたつっつ君は
マインクラフトをiPadに入れてあげると喜んで遊ぶようになり、
おとうさんと2人で、時にはおかあさんも混じって3人でマルチプレイを楽しんでいました。

実際に親子でプレイしてみて気付いたことは、
マインクラフトは創造的なブロック遊びのツールとして優れているだけではなく、
親子のコミュニケーションツールとしても大変優秀だということです。

マインクラフトで子供が興味を持っていることを知ることができる


マインクラフトの世界はとても自由なので、
遊び方も作る物も人によってそれぞれ違いが表れます。
それゆえに子供の興味や性格が可視化され、
その子が考えている事を大人が見て感じ取りやすいツールです。

つっつ君を例にあげると、つっつ君は初めの頃、
色とりどりのブロックを積み上げて
高層建築のようなオブジェを作ることに熱中していました。
それが次第にレールを沢山つなげてトロッコを走らせる電車遊びへと変化し、
その次は村人の村を大きくして街作りに励むようになりました。
そして6歳になった頃には、自分のワールドに遊びに来たプレイヤーを楽しませるための、
ワールド内で遊ぶことが出来るゲーム作りに力を入れていました。

つっつ君が作った世界を歩かせてもらうだけで、
オブジェ作り(色・形への関心)→
トロッコ遊び(動きへの関心)→
街作り(住環境への関心)→
ゲームフィールド作り(他のプレイヤーとの交流への関心)と、
つっつ君の関心が移り変わっていく様子がよく分かります。

マインクラフトは子供が頭の中に思い浮かべている世界をダイレクトに視覚化します。
そしてその世界に誰もが実際に遊びに行くことができます。
私とつっつ君はマインクラフトを介することによって、
幼いがゆえに伝えきることができない、
言葉での表現以上の豊かな世界観を共有することが可能となり、
それは私たち親子のコミュニケーションを更に充実させてくれました。

マインクラフトは子供と大人が同じ目線で楽しめるゲーム


マインクラフトを親子のコミュニケーションツールとして捉えた時に、
他のアプリにはない優れている点があります。
それはマインクラフトはもともと子供向けに作られたゲームではないというところです。
大人が遊んで素直に楽しいゲーム。
大人と子供が同じ目線になって、同じ情熱を持って遊べるゲームです。

いかに子供の気持ちを汲み取るコミュニケーションツールがあったとしても、
大人にとって情熱を持てないツールであればその活用は長続きしません。
子供と大人が共通の話題で盛り上がれることは、
コミュニケーションツールとして何よりの強みです。

親子が等しく情熱を注げる共通体験があると、
その子が必要とする次のステップを子供が興味を持てる形で提供することができます。

つっつ君を例にとると、つっつ君は4歳からマインクラフトの食べ物や道具を実際に作ってみる
“目指せスティーブ! リアルクラフト”という体験学習に取り組んでいます。
“スティーブ”とは、マインクラフト上でプレイヤーが操作する
キャラクターのデフォルト名であり、
マインクラフトの世界に生きるスティーブと同じように、
サトウキビから砂糖を作ったり、小麦の穂からパンを作ったり、
大自然の中で羊の毛を刈って羊毛ブロックを作ったりと、
ゲームの中ではボタンでひとつで出来ることを実際の世界で体験することを楽しんでいます。

味や大きさなど実際に作ってみることで発見できること、
刃物や動物の危険性や、広々とした草原だからこそ目にすることが出来るものなど、
ゲームにはないものがたくさんあります。
しかしその発見の喜びも楽しむことも、子供の興味と関心があってのことです。

これが、ただ親に言われるがままに博物館へ行ったり、
大自然の中で体験学習をおこなっても、
子供の中にある情報と結びつかなければ深い理解は得られません。
そう言った意味で、マインクラフトの世界はそこそこリアルに近く、
そこそこ簡略化されているので、
物事への興味のきっかけになりやすいと言えます。

親子のコミュニケーションを経て夢を語るようになったつっつ君


リアルクラフトによる体験学習を始めてから半年が経ち、つっつ君は5才になりました。
マインクラフトと並行して
iPadのアプリで元素図鑑を与えたり、DVD付きの図鑑を与えるなどして、
つっつ君は世界の様々なものに興味を持つようになりました。
そして5才になったつっつ君が特に興味を持ったのは宇宙でした。

そこで、マインクラフトの“MOD”と呼ばれる拡張システムを使いながら、
宇宙の勉強を始める事にしました。

マインクラフトのMODの中のひとつである“Galacticraft”では
ロケットを作って月や火星に行くことができます。
また、惑星による重力の違いもシミュレートされていたり、
宇宙での活動に必要な、電力・燃料・酸素といった概念が加えられ、
残量を管理する計画性が求められます。
また、リアルクラフト同様、MODの中で火力発電機が出てきたら火力発電所に行き、
ソーラー発電機が出てきたら実際にソーラーパネルを触ってみるというように、
MODの中で出てきたアイテムと現実の技術をリンクさせながら
宇宙へ行くための技術を学んでいきました。

つっつ君はマインクラフトの世界でロケットを作りながら
宇宙開発にどのようなテクノロジーが使われているのかを知り、
そしてその学びの糸口を携えて、
宇宙科学館でエンジンの実物を見たり、JAXAで実際のロケット開発者と会話することで、
マイクラ内で得た情報を知識へと転換していきました。
マイクラ内でロケットを作る自分と実際にロケットを作る現場の人々が繋がることで、
つっつ君は宇宙へのリアリティを高めていきました。
そして、つっつ君は宇宙への漠然とした興味から
「将来安全なロケットを設計する人」になる事へと変わっていきました。

つっつ君の興味からGalacticraftをもとにMODを説明しましたが、
MODは宇宙をテーマとしたものだけではありません。
MODはマイクラユーザーであれば誰でも自由に開発し配布を行うことが出来るので、
たくさんの人がMOD開発をマインクラフトの魅力のひとつとして楽しんでいます。
そして開発する人の数だけ興味の対象があり、
和風建築を作ることを目的としたMODや、機械を作ることに特化したMOD、
さらには量子物理学を体感するために作られたMODなど、
ユニークなテーマの作品がたくさん作られています。
ユーザーはこのMODを導入することで、自分のマインクラフトの世界に
新たなアイテムやフィールドを取り入れながら遊ぶことができるので、
大人はその時その時の子供の関心に合わせた広い知識の糸口を提供することができます。

このようにマインクラフトは、ただのブロック遊びではなく、親子のコミュニケーションツールとして、
また、子供の興味のきっかけをつくるツールとして我が家では幅広く機能しています。


《MinecraftとYouTube - マイクラ実況で育んだコミュニケーション力》





YouTubeでマイクラ実況を見る側から発信する側へ


マインクラフトが大好きなお子さんの中には、
YouTubeでマイクラ実況を見るという子も多いのではないでしょうか。
わが家のつっつ君も、熱心にYouTubeでマイクラ実況を見ている時期がありました。

その後つっつ君は自分自身でもYouTubeの配信を始め、
ただ楽しい動画メディアという以上の豊かな経験をその活動の中から得ることになります。

つっつ君がYouTubeを見るだけではなく自ら発信をすることを選んだ経緯には、
マイクラ仲間とコミュニケーションを取りたいというつっつ君自身の強い願いがありました。

マイクラのお話しをしたいつっつ君 しかし周囲にはマインクラフターがおらず…


つっつ君がiPadでマインクラフトを遊び始めたのは2才の頃のこと、
大好きなブロック遊びの延長線上で興味を持ってのことでした。
マインクラフトが大好きになったつっつ君は、
周りの先生やお友達にもその話題を積極的に持ちかけるようになります。
ところが先生やお友達にはマインクラフトの話が全く伝わりません。

今でこそ世界中で1億5千万本のシリーズ総販売数を達成し“テトリス”に次ぐ
ゲーム史上第2位を誇る*、子供にも抜群の知名度を持つマインクラフトですが、
2013年の当時はまだ子供のプレイヤーが少なく、
未就学児のプレイヤーに至ってはほぼ皆無だったのです。

つっつ君は、周りの人と共有したくなる熱心な趣味に出会うことが出来た一方で、
身近な人々との関心のギャップに直面することになります。
『ぼくはこんなにマイクラが大好きでみんなとお話をしたいのに、
なんでみんなはマイクラを知らないんだろう。どうしたらいいんだろう?』
その気持ちを割り切ることもできず、つっつ君は幼い心を悩ませるようになります。

その悩みを解消したのはYouTubeでした。

つっつ君 YouTubeで家族以外のマインクラフターに初めて出会う


ある日、つっつ君はYouTubeでマインクラフトの実況動画を見つけました。
『大好きなマイクラのお話しをしている人がたくさんいる!!』
おそらくつっつ君はそう思ったことでしょう。

今まで家の外でマインクラフトを知っている人に1人として出会った事がなかったつっつ君。
それが今遊んでいるのと同じマインクラフトで、家族よりも多い大人数でワイワイと遊んだり、
マイクラ内で作った大きな建造物を紹介したりしている。
それらの動画を発見したときのつっつ君の驚きは、まさに衝撃的なものでした。

その日からつっつ君は、iPadでマイクラを操作しながらYouTubeの実況動画を真似て、
架空の視聴者に向けて話しかけるようになりました。

つっつ君の発信したい気持ちを汲んでYouTubeチャンネルの開設へ


来る日も来る日もマイクラを操作しながら、熱心に実況のまねごとをするつっつ君。
もちろんインターネットを通じて配信されてはおらず、ひとり遊びの延長線上です。

つっつ君は当時3歳、
おそらくはインターネットや動画配信の概念を理解しているわけではありません。
その頃のつっつ君は、
YouTubeで沢山の人が同じ画面内で遊んで居るマルチプレイ動画を見ては、
大急ぎで自分のiPadのワールドを開くことがよくありました。
『今すぐワールドを開けば皆に合流できる』と思っていたのです。
でもつっつ君のオフラインのワールドは、何度開いてもひとりぼっちです。
どんなに遠くまで探しに行っても誰もいません。
『みんなはつっつと同じマインクラフトの世界にいるのに、
みんなはいっしょに遊んでいるのに、なんでぼくだけ』
そう涙をこぼすことが何度もありました。

仕方がないので、つっつ君は1人で実況風のおしゃべりをしていました。
その姿は『こうしてiPadの前で話せば(仕組みはよく分からないけれど)
きっと同じようにどこかの誰かに届くはず』
そんな風に考えていたようにも思います。
いずれにせよ、つっつ君がマイクラ仲間を見つけた事を心から喜び、
その仲間達と何とかコミュニケーションを取りたいと望み、
そこに向けて一生懸命発信しようと努力していることは明らかでした。

その様子を見たおとうさんは思いました。
「どのみち発信をしようとするならば、架空の視聴者ではなく、
実際の視聴者に向けて話しかけた方が彼にとっても良いのではないか?
そしてそこから得られるコミュニケーションは、彼の成長にもつながるのではないか?」
そうして4才の誕生日プレゼントに、
つっつ君が自分のプレイを発表する場としてYouTubeチャンネルを開設したのが、
つっつクラフトの活動の始まりとなります。

YouTubeで実況することで上達した言葉でのコミュニケーション


つっつ君はまず、おとうさんと一緒にマルチプレイをしながら実況に挑戦していきました。
最初は「きのこを食べなくちゃ、パクパクパクパク」など、
今やっている事を素朴に言葉で表現することから始めました。

3ヶ月後には、つっつ君が自分で作ったものを
「看板(に書いた文字)は、“扉は気をつけてね”なの」と説明するなど、
自分で作ったものを紹介する積極性が見られるようになりました。

そして6ヶ月後には
「みんなで畑に乗って、ご視聴ありがとうございましたって言うの」などと、
見る人を意識したおしゃべりができるようになりました。

実況を始めた当初はたどたどしかったおしゃべりが、
マイクラ実況に取り組んだ6ヶ月の間にめきめきと上達していったのです。

視聴者が見守ってくれることで育まれた自信と誇り


また、つっつクラフトの視聴者の中には、コメントをくれる人たちがたくさんいました。
コメントをもらったつっつ君はとても喜んでコメントを返し、
さらに気合いを入れて実況に取り組むようになりました。
そしてそれは彼の中に自信を育み、
コミュニケーション力を飛躍的に伸ばすことにつながりました。

これはお家の中でおとうさんとコミュニケーションをとっているだけでは、
おそらく達成できなかったことです。
家族ではない、外の人に評価されるからこそ、
彼は誇りと喜びを感じて発信を続ける事ができました。

「発信する→外部の視聴者に評価される→モチベーションが上がる→そしてまた発信する」
そのような学習のサイクルが自然と出来上がったことはとても恵まれたことであり、
YouTubeで動画を配信することで得られた貴重な経験です。

YouTubeでの活動がつっつ君に与えてくれたもの


実況やコメントを通して
マイクラ仲間と交流するようになってからのつっつ君は、とても明るくなり、
そして大きく成長しました。
2019年の今日、つっつ君は現在小学2年生。
マインクラフトで遊ぶ同級生も身近に増え、
学校でマイクラ話をする相手に困ることはないでしょう。

それでも4才から小学校に上がるまでの3年間。
ずっと共感者の得られない孤独に耐えていたか、
それともマイクラ仲間とコミュニケーションを取れたかの違いは大きいように思うのです。
つっつ君が動画配信の時代に生まれ、
またマインクラフトという人気のコンテンツに出会えたことは幸いなことでした。

2才からのつっつ君の毎日を変えてくれたマインクラフトと、
その毎日を支えてくれたインターネット上のマイクラ仲間には、親として
とても感謝をしております。

そして、つっつ君は今日もマインクラフトで遊びながら、次々と出会いの扉を開いています。


[追記]
*:2019年5月にMinecraftは累計販売本数が1億7600万本突破し世界で一番売れたゲームとなりました。